砂粒ほどの磁石を宙に浮かせ、夜だけ9日間「小突き」を待った。超重い暗黒物質に最初の線を引いた実験

この記事には広告(Amazon アソシエイトのリンク)を含みます。

暗黒物質を探す実験でよく知られているのは、地下深くに置いた巨大なタンクに何トンもの液体キセノンを満たしたものです。ああいう装置は、陽子の数倍から数百倍くらいの重さの粒子が原子核にぶつかるのを待つように作られています。ところが、暗黒物質の正体の候補はそこに収まるものばかりではなく、理論の上では陽子の100万倍、1,000兆倍、さらには細胞1個ぶんの重さに届くような「超重い粒子」もありえます。そのくらい重いと、空間を飛んでいる数がごく少なくなるので、大きなタンクで待っていてもほとんど出会えません。

その領域に、砂粒ほどの磁石1個で踏み込んだ実験があります。アメリカのライス大学とオランダのライデン大学を中心とするチームが、2026年8月20日に arXiv に投稿した論文で、磁石を宙に浮かせて「小突かれる」のを待つ、という方法です。査読はまだ受けていない段階の報告で、プレスリリースによると、結果は2026年の素粒子物理学と宇宙論の国際会議で発表されました。

超伝導の器の上で浮く、0.356ミリグラムの磁石

装置の名前は POLONAISE といいます。主役は、ネオジム磁石の小さな立方体を3つつなげたもので、重さは0.356ミリグラム。ひとまとまりの大きさは半径0.26ミリほどで、砂粒くらいです。回転の動きも読み取れるように、形の対称性をわざと崩す目的で、直径0.2ミリのガラス玉が貼り付けてあります。

この磁石を、タンタルという金属で作った器の上に置きます。タンタルは極低温で超伝導になり、外から磁場が入り込むのを拒む性質を持ちます。磁石を近づけると、器がその磁場を押し返すので、磁石は何にも触れずに宙に浮いたまま止まります。浮いている磁石は、ばねにつるしたおもりのように、決まった周波数でゆっくり揺れます。上下や前後の揺れの周波数は、1秒あたり51.2回、59.5回、94.9回でした。

どこにも触れていないので、摩擦でエネルギーが逃げません。揺れの「減りにくさ」を表す Q 値は225万で、いちど揺らすと長いあいだ揺れ続けます。これは、ごく小さな力でも磁石の動きに残りやすい、ということでもあります。磁石の位置は、超伝導のコイルと SQUID(スクイド)という磁気センサーで読み取ります。力の感度は、1秒間測ったときの値で0.07フェムトニュートン。1フェムトニュートンは1ニュートンの1,000兆分の1で、同じチームが2025年に発表した前の実験の0.2フェムトニュートンから3倍ほど良くなっています。


外からの振動は大敵なので、装置は希釈冷凍機という極低温の冷蔵庫の中で、ばねとおもりを何段も重ねた吊り下げ構造にぶら下げてあります。この構造で、磁石が揺れる周波数では外からの振動が110〜130デシベル減ります。冷凍機そのものは25トンのコンクリートの台に載せ、台の下には空気のダンパーが入っています。

「鳴り続ける音」ではなく「1回の小突き」を待つ

同じチームの2025年の実験は、ごく軽い暗黒物質が探し物でした。軽い暗黒物質は波のようにふるまい、磁石を決まった周波数で絶え間なく揺らすはずなので、その「鳴り続ける音」を探していました。今回は正反対の重い側を狙っていて、待っているものも変わります。重い粒子が1個だけ磁石の近くを通り抜けると、そのときだけ磁石が小さく押されます。ライス大学の Juehang Qin さんはプレスリリースで、「安定した信号を探すのではなく、ごく小さな小突きを待つ」と説明しています。

小突きの大きさは、運動量という量で測ります。この実験で拾えるいちばん小さな運動量は1 TeV/c(テラ電子ボルト・パー・シー)で、そのあたりでは10回のうち2回弱しか検出できず、1.21 TeV/c で半分、それより大きければほぼ確実に拾えます。磁石が動く距離に直すと、プレスリリースの言い方では「原子の幅の100分の1」です。

観測は2025年12月22日から2026年1月21日までの30日間でした。ただし使ったのは夜だけ。午後7時から翌朝7時までの、研究室で人が動かない時間帯に絞っています。吊り下げ構造の作業をした日や、わざと振動を加えて試験した日も外しました。残った有効な観測時間は219.66時間、日数にして9.15日で、30日間の31%にあたります。

8回の小突きを、全部「暗黒物質かもしれない」として数えた

その9日あまりの記録から、磁石の揺れが急に変わった瞬間を数学的に拾い出すと、8回の小突きが見つかりました。運動量にして1.52 TeV/c から12.8 TeV/c、真ん中の値で3.1 TeV/c。雑音に対する信号の大きさは12倍から34倍で、見間違いという大きさではありません。

ふつうの雑音の揺らぎがたまたま重なって、これほど大きな信号に見える確率は、計算上ほぼゼロです。にもかかわらず8回も出たのは、装置の中でときどき起きる、ふつうの雑音とは性質の違う突発的な揺れ、たとえば建物から伝わった振動のようなものだと著者たちは見ています。この8回は時間的にかたよって出ていて、研究室での活動とも関係がありました。

ここでチームは、少し意外な判断をしています。8回を雑音として差し引かなかったのです。雑音の正体をきちんと説明できる模型がないので、「どれが雑音でどれが本物か」を決めるのは無理だと認め、8回すべてを暗黒物質の信号かもしれないものとして残しました。そのうえで、「もし暗黒物質がこの重さでこの強さで磁石に当たるなら、9日のあいだに小突きがもっとたくさん、特定の大きさの範囲に集まって出ているはず。でも出ていない」という形で、ありえない重さと強さの組み合わせを除いていきました。ふつうの雑音が混ざっていれば小突きの数は増える一方なので、この除き方は控えめになり、結論が強すぎることはありません。

暗黒物質そのものは見つかりませんでした。それでも、除外できた範囲は広く、粒子の重さにして陽子の100万倍から1,000兆倍まで、9桁ぶんにまたがります。暗黒物質と中性子のあいだに働く力の強さは、重さが陽子の500万倍あたりでいちばん厳しく絞られ、95%の信頼度で「10億分の3.2より弱い」という上限がつきました。暗黒物質が1個の粒子ではなく、もっと軽い粒子が集まった塊だと考える「複合暗黒物質」の模型でも、陽子の200万倍から4,000万倍の重さの範囲で、中性子とぶつかる起きやすさ(断面積)の上限がこれまでより1桁きつくなりました。

巨大なタンクでは届かない重さ

なぜ砂粒ほどの磁石が、何トンもの液体を使う実験と同じ土俵に立てるのでしょうか。重い暗黒物質は、宇宙の中の総量が決まっているぶん、1個あたりが重いほど数が少なくなります。論文の計算では、重さが陽子の800兆倍を超えると、9日あまりの観測のあいだに磁石から10センチ以内を通る粒子が3個を切ってしまい、そこが今回探せる重さの上限になっています。こうなると装置の大きさよりも、「通ったとき、どれだけ小さな押しでも感じ取れるか」が勝負になります。浮いた磁石は、原子核1個の跳ね返りではなく、磁石の中の約1垓個(1の後ろに0が20個)の中性子がまとめて受ける力を測るので、1個の粒子がそっと通るだけでも動きに出ます。

論文は、同じ「浮かせた物体」でも、レーザーで浮かせる従来の実験に比べて、調べられる重さの上限がおよそ1,000万倍(7桁)広がったとしています。レーザーで浮かせるのはナノグラム級のビーズで、今回のミリグラム級の磁石より何桁も軽く、感じ取れる押しの大きさが違うためです。一方で、軽い側の限界は従来の実験のほうが低く、両者は役割を分け合う関係にあります。

この結果の裏には、ライス大学の宇宙論の研究者 Andrew Long さんらによる理論の仕事があります。チームを率いた Christopher Tunnell さんは、「暗黒物質は、従来の実験が届くように作られていない重さの領域に隠れているかもしれない」と述べています。

これから

今回の感度を決めていたのは、磁石そのものの性能ではなく、外から入り込む振動でした。チームの次の計画は、磁石をさらに冷やすこと、もっと長く記録を取ること、そして磁石を複数同時に浮かせることです。磁石が複数あれば、建物の振動のように全部を同時に揺らすものと、そうでないものを見分けやすくなる、というのがチームの見立てです。

この論文は査読前のプレプリントで、数値や結論は今後の審査で変わる可能性があります。測定の目盛りには8.5%の不確かさがあり、今回の上限にはそれを含めていないと著者たちも書いています。それでも、ミリグラムの磁石と9日間の夜で、浮かせた物体による探索としては初めてこの重さの領域に線を引いたのは確かです。暗黒物質の探し方は、大きくする方向だけでなく、静かにする方向にも伸びています。

暗黒物質の探し方については、地下の実験 LZ が報告した1回きりの閃光の記事や、地球の磁場10年分から探した記事でも紹介しています。

関連する商品

この記事に関連する本や商品は、Amazon で探せます。

上のリンクから購入されると、このブログに紹介料が入ることがあります。

出典

コメント

このブログの人気の投稿

eclipseのコンソール出力の文字化けを直す方法

C++/CLIの型変換

Velocity