へそのにおいがいちばんはっきり分けたのは、パーキンソン病ではなく軽度認知障害だった。分子の名前を1つも決めずに「においの指紋」を読んだ24人の実験
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病気になると体のにおいが変わる、という話には下地があります。よく知られているのは、スコットランドの元看護師ジョイ・ミルンさんの件です。夫がパーキンソン病と診断される何年も前から、夫のにおいが変わったことに気づいていたと話し、研究者と組んで調べたところ、皮膚の脂(皮脂)に含まれる揮発性の分子がパーキンソン病の人とそうでない人で違う、という結果が2019年に ACS Central Science に載りました。
ただ、そこから先が難しいところです。人の体から出る揮発性の分子は、文献をまとめると2,700種類を超えます。どの分子を目印にするかは研究ごとに違っていて、アセトンのように複数の病気で顔を出すものも多い。「この分子があればこの病気」という単純な対応はなかなか見つかっていません。
2026年9月21日に Scientific Reports に出た論文は、この問題に逆の向きから手をつけています。分子の名前を1つも決めず、においを「指紋」としてまるごと読む。そのために使ったのが、綿棒と、赤外線レーザーと、音を拾うセンサーでした。ドイツのフラウンホーファー集積回路研究所(IIS)の Thorsten Graunke さんと Teresa Scholz さん、ドレスデン工科大学の Michal Pieniak さんの3人が同等の筆頭著者です。装置と測定と統計はフラウンホーファー側が、診断と試料の採取はドレスデン工科大学の嗅覚・味覚クリニック(Thomas Hummel さんら)と神経内科が受け持ちました。
綿棒でこする場所は、鼻の中・へそ・耳
参加したのは24人です。パーキンソン病の人が6人、軽度認知障害(MCI。もの忘れが年齢相応より目立つが、認知症とまでは言えない段階)の人が6人、PCR 検査で確認された新型コロナウイルス感染症の人が6人、そして年齢と性別をそろえた健康な人が6人。パーキンソン病と軽度認知障害の人はドレスデン工科大学の神経内科で診断を受けた患者さんです。
それぞれの人から、滅菌した綿棒で3か所をこすって試料を取りました。鼻の穴の入口のあたり、へその中、そして耳の外側のくぼみ(耳甲介)です。なぜこの3か所かというと、香水や石けんといった身のまわりの製品の影響を受けにくい場所だからです。わきの下や首すじは、においが強いぶん何を付けているかに左右されます。
こする時間はおよそ10秒。一定の力で、同じ無臭の部屋で、研究チームの人が採りました(感染を広げないため、コロナの人だけは手順書に沿って本人が自分で採取しています)。採った綿棒は密閉袋に入れて、分析まで −20 ℃で凍らせておきました。
においを「音」で測る
分析装置の中身は、レーザー光音響分光という方法です。綿棒を専用のホルダーに気密にねじ込み、乾いた合成空気を流して、綿棒から立ちのぼる揮発性の分子を小さなガス室に送り込みます。そこに中赤外線のレーザーを当てる。分子は特定の波長の光を吸収して温まり、まわりの気体がわずかに膨らんで圧力の波、つまり音になります。その音を、片持ち梁の形をした極小のマイクで拾うという仕組みです。
レーザーの波長を5.6マイクロメートルから12.9マイクロメートルまでゆっくり掃くと、波長ごとの吸収の強さが1本の曲線になります。これがその綿棒の「においの指紋」です。1本の試料を測るのに730秒、12分ほどかかりました。
ここで大事なのは、この装置はどの分子がどれだけ入っているかを割り出していない、という点です。ガスクロマトグラフィー質量分析のように成分を1つずつ同定する方法とは違い、混ざったままの全体の吸収の形だけを見ています。著者らの狙いはまさにそこで、「どの分子が目印か」で合意が取れていないなら、分子を特定しない指紋のほうが先に実用に近づくかもしれない、という考え方です。
上の画像は装置のイメージを想像で描いたものです。実際の装置の構成図は、出典の論文に載っています。
いちばんはっきり分かれたのは、パーキンソン病ではなかった
72本の指紋(24人 × 3か所)を、部位ごとに主成分分析という統計の方法にかけました。たくさんの波長の情報を、ばらつきをいちばんよく説明する2つの軸にまとめ、4つのグループが2次元の図の上で別々の場所に集まるかを見る、という手順です。
へその綿棒の結果は、見出しに「へそ」が付いて回ることになった理由がよく分かるものでした。第1の軸だけでばらつきの69.1% を説明し、その軸の上で健康な人は片側の端に、軽度認知障害の人は反対側の端に寄っていました。つまり、へそのにおいがいちばんくっきり分けたのは、パーキンソン病ではなく、健康な人と軽度認知障害の人です。パーキンソン病とコロナの人はその中間に集まり、互いに一部重なっていて、第2の軸を足してもこの2つは分かれませんでした。
鼻の綿棒では様子が違います。第1の軸がコロナとパーキンソン病を健康・軽度認知障害から引き離し、第2の軸でパーキンソン病だけがほかより高い位置に出ました。4つのグループの中心点はすべて別の場所に来ています。耳の綿棒は、2つの軸を組み合わせてようやく4つが別れて見える、という程度でした。著者らは3か所のうち鼻とへそを「最もくっきり分かれた部位」とし、プレスリリースでは鼻の綿棒を最も有望としています。
もう1つ、装置の小型化につながる結果があります。波長をいちど全部掃くのではなく、8.5〜12.9マイクロメートルの範囲から選んだ5つの波長だけを使っても、4グループの分かれ方はほぼ同じでした(グループ間の距離の指標が、全範囲の1.827に対して5波長で1.823)。4つに減らすと足りなくなりました。5つの波長で済むなら、レーザーを掃く装置はいらず、安く小さく作れる余地が出てきます。
さらに、最初の測定から2週間あけて、別のパーキンソン病の人3人から鼻の試料を採って同じ装置で測り、元の図の中に置いてみると、3人とも元のパーキンソン病の集まりの近くに落ちました。日が変わり、室内の湿度などが変わっても、分かれ方は崩れなかったことになります。
図の楕円は「個人」ではなく「平均」の範囲
ここまで読むと使えそうに見えますが、著者ら自身が強く念を押している点がいくつかあります。
まず人数です。1グループ6人、合計24人。著者らはこの研究を「管理された実験室の条件での、実現可能性を示す概念実証」と位置づけ、臨床で使える診断性能を示したものではないと書いています。結果の図に描かれた楕円は、各グループの平均の位置がどこまで確からしいかを示す範囲であって、個人の試料の散らばりはこの楕円よりずっと大きく、グループ間で重なっています。「健康な人と軽度認知障害の人が分かれた」のは、あくまで集団の平均の話です。
次に、解析の手順です。どの波長の範囲を使うか、どんな平滑化をかけるかは、部位ごとに総当たりで試して、いちばんよく分かれる組み合わせを選んでいます。へそは8.6〜9.6マイクロメートル、鼻は9.1〜12.9マイクロメートル、といった具合です。著者らは、最悪の組み合わせを選ぶと鼻の綿棒でも図の上で見分けがつかなくなったことも書いています。6人ずつのデータで条件を選び抜いているので、別の集団でも同じ条件で分かれるかは、まだ試されていません。病気を当てる分類モデルも、意図的に作っていません。
そして年齢です。性別・身長・体重・BMI は図の上の位置と関係がありませんでしたが、年齢だけは2つの軸との相関が0.5ほどありました。パーキンソン病も軽度認知障害も高齢の人に多い病気なので、この24人では年齢と診断が重なっています。健康な対照群は年齢と性別をそろえて選ばれていますが、それでも年齢の影響と病気の影響を切り分けるには、著者らが書くとおり、グループごとに年齢の幅を広く取った、もっと大きな集団で測り直す必要があります。
最後に、これは無臭の部屋で、手順をそろえて採った試料の話です。日常の場では、石けんや香水、まわりの空気に含まれる揮発性の分子、人ごとの衛生習慣の差がそのまま指紋に乗ります。著者らはそれを実用化に向けた課題として挙げています。
それでもこの研究が面白いのは、「どの分子が病気のにおいなのか」という、長く決着のついていない問いを、いったん脇に置いてみせたところです。においの正体が分からなくても、形の違いだけで集団は分かれた。そして5つの波長で足りた。24人で示せるのはここまでで、次に要るのは年齢をそろえた大きな集団と、実験室の外での測定です。試料は、EU のプロジェクトで集められた大きな集まりから無作為に選んだ一部で、残りは今後の解析に使えると著者らは書いています。
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出典
- Graunke, T., Scholz, T., Pieniak, M., Power Guerra, N., Pabst, J., Falkenburger, B., Tschekalinskij, W., Hähner, A., Hummel, T. (2026) "Detection of disease-associated VOC signatures with laser-based photoacoustic spectroscopy (LPAS)" Scientific Reports 16, 29252. https://doi.org/10.1038/s41598-026-68298-9(オープンアクセス)
- Trivedi, D. K., Sinclair, E., Xu, Y., Sarkar, D., Walton-Doyle, C., Liscio, C., Banks, P., Milne, J., Silverdale, M., Kunath, T., Goodacre, R., Barran, P. (2019) "Discovery of Volatile Biomarkers of Parkinson's Disease from Sebum" ACS Central Science 5(4), 599–606. https://doi.org/10.1021/acscentsci.8b00879
- ScienceAlert(2026-09-24、Michelle Starr)"The Smell of Your Belly Button May Carry Signs of Parkinson's And Cognitive Decline" https://www.sciencealert.com/the-smell-of-your-belly-button-may-carry-signs-of-parkinsons-and-cognitive-decline
- フラウンホーファー IIS・ドレスデン工科大学のプレスリリース(2026-09-30、analytica-world.com 掲載)"Detecting Diseases Through Body Odor?" https://www.analytica-world.com/en/news/1189951/press-release-detecting-diseases-through-body-odor.html

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