健診の眼底写真2万9,530枚で「網膜の年齢」を当てたら、糖尿病だけがはっきり老けて見えた。高血圧と脂質異常では差が出なかった
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健康診断の項目に、目の奥を撮る検査が入っていることがある。眼底(がんてい)写真と呼ばれるもので、瞳をとおして網膜と、そこを走る血管を一枚に写す。採血もいらず、数秒で終わる検査だ。この一枚から「その人の体がどれくらい老いているか」を読み取れないか、という研究が続いている。ソウル大学のチームが健診で集まった写真を使って試した結果が、9月に GeroScience に載った。
同じ年齢でも、体の老い方は人によって違う
生まれてからの年数は誰にとっても同じ速さで進むが、体のほうは同じ速さで古びていかない。そこで、暦の年齢とは別に「体の年齢」を測る物差しがいろいろ試されてきた。よく知られているのは血液を使うもので、DNA にくっつく目印の量から年齢を推定する方法や、血中のタンパク質の構成から推定する方法がある。どれも採血と分析が必要で、健診のついでに全員ぶんというわけにはいかない。
網膜が候補に挙がるのは、体の中で血管を直接のぞける数少ない場所だからだ。細い血管の詰まり方や太さの変化が、そのまま写真に出る。しかも眼底カメラは健診の現場に広く置かれていて、撮影に体を傷つける手順がない。深層学習のモデルに眼底写真を大量に見せて年齢を当てさせ、当てた年齢と実際の年齢の差を取る。この差を「網膜の年齢差」と呼び、プラスに出た人は網膜が年齢より老けている、という読み方をする。考え方としては数年前から試されている。
健診で撮られた2万9,530枚で年齢を当てさせる
第一著者のボア・チャン(Boa Jang)さんらは、健康診断を受けた7,535人の眼底写真2万9,530枚でモデルを学習させた。これまでのこの手の研究は、目の病気がない人の写真だけを選んで学習させることが多かった。選び方としてはきれいだが、実際の健診では白内障や網膜の病気がある目も同じように撮られる。そこでチームは、健康な目の写真と病気のある目の写真を混ぜて学習させた。あわせて、年齢だけでなく性別も同時に当てさせる形にし(マルチタスクと呼ばれる組み方)、予測が若い人では高く、高齢の人では低く出るという偏りを補正した。
学習に使った人とは別に、評価用の集団を二つ用意した。生活習慣や全身の病気との関係を見る集団Aが5,606人、目の病気との関係を見る集団Bが1,810人。年齢の当て方の精度は、集団Aで平均2.656年のずれ、集団Bで2.529年のずれだった。実際の年齢との相関は0.921と0.938で、この種のモデルとしては良いほうの数字になる。
浮かんだのは糖尿病、出てこなかったのは高血圧と脂質異常
本題は、この「網膜の年齢差」が何と結びついているかだ。集団Aで生活習慣や病歴と照らすと、はっきり残ったのは糖尿病だった。診断のついている人は、網膜の年齢差が平均で2.52年ぶん大きい。統計の検定を厳しいほうの基準にかけても残り、年齢・性別・ほかの条件を順番に加えて調整しても消えなかった。
喫煙も関係が出た。過去に吸っていた人が0.46年、いま吸っている人が0.50年ぶん大きい。意外なところでは、結婚している人は0.46年ぶん小さかった。こちらは緩めの基準でだけ有意に残った数字で、何がそうさせているのかまでは分からない。
そして出てこなかったものがある。高血圧と脂質異常症は、網膜の年齢差と関係がなかった。どちらも細い血管を傷める病気として知られていて、網膜の血管に出そうなものだ。目のほうでは、加齢性の網膜の変性で0.60年、白内障で1.86年ぶん大きかった。ただし白内障については、著者らも注意を書いている。水晶体が濁ると写真そのものがかすむので、網膜が老けて見えただけかもしれない。
差の大きさが、モデル自身のずれとほぼ同じ
ここで数字を並べ直してみる。モデルが年齢を当てるときのずれは、平均で2.5年から2.7年ほどあった。いっぽう見つかった差は、糖尿病の2.52年が最大で、あとは白内障の1.86年、網膜の変性の0.60年、喫煙の0.50年と0.46年、結婚の0.46年。糖尿病以外は、どれもモデル自身のずれより小さい。
これは研究が失敗したという話ではない。何千人かをまとめて平均すれば、小さな差も統計の上では見える。ただ、一人の写真を一枚撮って「あなたの網膜は0.5年ぶん老けています」と言えるかというと、言えない。その0.5年は、モデルが同じ人を撮り直したときに動く幅の中に収まってしまう。論文の抄録にも、網膜の年齢差は「いまは集団の特徴づけに向いていて、個人のリスク判定には向かない」とそのまま書かれている。研究チーム自身が、使える範囲を狭く示している。
これから確かめることが残っている
網膜の年齢差が本当に「体の老い方」を映しているのかは、まだ決まっていない。それを言うには、同じ人を何年も追いかけて、すでに確立している老化の指標と突き合わせる必要がある。今回の研究はある時点の写真と病歴を照らしたもので、そこまでは踏み込んでいない。年齢差が大きい人がその後どうなるのかも、この研究からは分からない。
それでもチームは、使い道の方向を一つ挙げている。眼科にかかった人の写真から年齢差が大きく出たとき、目だけでなく全身のほうも調べてみる手がかりにする、という使い方だ。糖尿病との結びつきがいちばんはっきりしていたことを考えると、ありえる話ではある。繰り返し撮って変化を追う使い方も考えられるが、こちらは確かめられていない、と論文は書いている。
健診の眼底写真は、すでに大量に撮られて眠っている。そこから何かを読み出そうという研究は、これからも出てくるだろう。今回のように、何が出て何が出なかったかと、その数字がどれくらいの重みなのかを一緒に示してくれる報告は、読むほうとしても扱いやすい。
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