公開データを増やしても伸びなかった。製薬5社が手元から出さなかった2万件の構造で、タンパク質と薬の予測は36%から52%に上がった

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タンパク質の形をAIが予測できるようになってから、創薬の現場で次に求められているのは「薬の分子がそのタンパク質のどこに、どんな向きで収まるか」まで当てることです。タンパク質と小さな分子をまとめてひとつの立体として予測するので、共折りたたみ(co-folding)と呼ばれます。ここが当たれば、候補の化合物を実際に合成して結晶を作る前に、かなりの数をふるい落とせます。

ところが、この共折りたたみは、タンパク質単体の予測ほどにはうまくいっていません。理由のひとつは、学習に使える手本が少ないことです。公開データベースの Protein Data Bank(PDB)には24万件を超える構造が登録されていますが、承認済みか開発中の薬が一緒に写っている構造は、およそ1万600件しかありません。AlphaFold3 が学習に使った範囲のあとにも7万件ほどが足されていますが、その多くは補酵素やイオンのような小さな相手で、薬らしい分子はあまり増えていません。

一方で、製薬会社の中には、薬の候補とタンパク質を一緒に写した構造が何千件も眠っています。自社の化合物の情報なので、外には出せません。この「あるのに使えない」データを、外に出さずに学習に使った結果が、2026年9月14日に公開されました。製薬5社が手元の2万件あまりの構造でオープンソースの予測モデルを鍛え、薬の置き場所を当てる確率を29%から47%に上げています。

なお、この記事はAIを扱っているので先に書いておくと、このブログの記事は Claude(Anthropic のAI)を使って書いています。今回の研究に Anthropic は関わっていません。

公開データだけのAIが抱えていた弱点

共折りたたみの弱さは、2026年5月に Nature Structural & Molecular Biology に載った論文が数字で示しています。バーゼル大学バイオツェントルムとスイスバイオインフォマティクス研究所(SIB)の Peter Škrinjar さんを筆頭とするチームは、既存の予測手法が学習に使った期間より後に公開された、高解像度のタンパク質と分子の複合体2,600件を集めて「Runs N' Poses」という新しいテストセットを作りました。代表的な共折りたたみ手法4つをこれで試したところ、どの手法も、学習データに似た組み合わせでは当たるのに、見たことのない組み合わせでは成績が落ちました。著者らの言い方では、現在の手法は分子の置き方を「おおむね覚えている」状態で、新しい薬を一から設計する用途には届いていません。

これは手法が悪いというより、手本の偏りがそのまま出ている結果です。薬らしい分子がどう収まるかの例が公開データに少なければ、モデルは少ない例を覚えるしかありません。そして、その例をいちばん多く持っているのは、公開する立場にない製薬会社です。

データを動かさず、モデルだけを動かす

今回の取り組みは、ベルリンの Apheris という会社が運営する AI Structural Biology(AISB)ネットワークの最初の企画です。2025年3月に AbbVie とジョンソン・エンド・ジョンソンの参加で始まり、ブリストル・マイヤーズ スクイブ、アステックス・ファーマシューティカルズ、武田薬品工業が加わって5社になりました。土台にしたのは、コロンビア大学の Mohammed AlQuraishi さんの研究室が中心になって作った OpenFold3 です。Google DeepMind の AlphaFold3 を手本に再実装したモデルで、2025年10月に試験版が公開され、Apache 2.0 ライセンスなので企業でも自由に使えます。

学習のやり方が、ふつうの機械学習と違います。5社のデータを1か所に集めることはしませんでした。各社が自社の環境の中で OpenFold3 を少しだけ追加学習し、学習で変わったモデルの数値(パラメータ)だけを外の集約役に送ります。集約役は5社ぶんを平均してひとつのモデルにまとめ、それを各社に送り返し、各社はまた自社のデータで少し学習する。これを繰り返す方法で、連合学習(federated learning)と呼ばれます。構造のファイルそのものは、最後まで各社の外に出ていません。学習を安定させるために、公開の PDB のデータも混ぜています。

使われた非公開の構造は5社あわせて20,167件です。各社がそれぞれ何件出したかは公表されていません。最初の連合学習の実行から、できあがりまで10週間かかっていないそうです。

36%から52%へ、そして公開データを足しただけでは動かなかった

できあがったモデル(AISB-1-Fed)の評価には、各社が学習に使わずに取り分けておいた非公開の構造1,056件を使いました。取り分け方に工夫があって、構造を1件ずつ無作為に抜くのではなく、創薬プロジェクトごとにまるごと学習用か評価用かに振り分けています。同じプロジェクトの化合物は互いによく似ているので、ばらばらに分けると、評価用の構造とそっくりなものが学習用に混ざって成績が水増しされるからです。

評価の物差しは2つです。ひとつは、タンパク質と分子が接している部分の形がどれだけ正しいかの点数で、0.8以上を「高品質」と数えます。もうひとつは、分子の位置が正解から2オングストローム(1億分の2センチ)以内に収まっているかどうかで、これが薬の置き場所を当てたと言えるかの定番の基準です。

  • 接触部分が高品質だった割合:元の OpenFold3 で 35.6% → 学習後は 52.1%
  • 分子の位置が2オングストローム以内だった割合:元の OpenFold3 で 28.9% → 学習後は 46.8%

比較のために同じテストにかけた公開モデルのうち、いちばん強かった Boltz-2 はそれぞれ 40.9% と 36.5% でした。5社のモデルはどちらの物差しでも10ポイント以上の差をつけています。

この取り組みでいちばん大事なのは、もうひとつ用意された対照実験のほうです。「成績が上がったのは、非公開データのおかげではなく、学習に使った公開データが新しくなったからではないか」という疑いを消すために、同じ OpenFold3 を、2025年11月19日までの公開 PDB だけで同じように追加学習したモデルも作っています。こちらは、ほとんど伸びませんでした。タンパク質どうしの接触も含む443件の部分集合で、その接触の形が高品質だった割合を見ると、公開データだけで追加学習したモデルは 40.7%、5社のモデルは 62.6% でした(元の OpenFold3 は 38.8%)。足りなかったのは計算量でも手法でもなく、公開されていない種類のデータだった、ということになります。

そして、ここからが「データの囲い込み」の話になります。5社の構造は外に出ていません。それだけでなく、できあがったモデルの重み(学習済みの数値)も、参加した5社の中にとどまります。公開されているのは、上に書いたような集計の数字だけです。OpenFold3 はオープンソースのモデルですが、そのいちばん成績のよい版は、いま5社の中にしかありません。

会社の報告として読むための注意点

今回の結果は、Apheris が自社サイトに載せた技術報告で、査読を受けた論文ではありません。著者には AlQuraishi さんの研究室のメンバーと5社の研究者が名を連ねていますが、数字は参加企業の側が出したものとして読む必要があります。報告の中でも、限界ははっきり書かれています。

評価に使った1,056件は、学習データを出したのと同じ5社から出ています。プロジェクト単位で分けて似た構造が混ざらないようにはしていますが、まったく別の組織の構造で試したわけではありません。評価が製薬会社のタンパク質と分子の組み合わせに偏っているので、PDB 全体のような幅広い化学には当てはまらないかもしれません。また、調べたのは立体の形だけで、薬がどれだけ強く結合するかや、結合するかしないかの判定は、この報告の範囲外です。結合の強さは次の企画で扱うことになっていて、2026年9月には AbbVie、アストラゼネカ、ブリストル・マイヤーズ スクイブ、ジョンソン・エンド・ジョンソンの4社で、分子の結合を予測する「AISB Bind」が始まっています。

タンパク質単体の形は、公開データで学んだAIがかなり読めるようになっています(このブログでも遺伝子からどこまで生き物の姿を読めるかをまとめたときに触れました)。その次の段階である「薬がどう収まるか」では、公開データが細く、会社の中のデータが太い、という配分になっています。連合学習は、そのデータを外に出さずに使う道を開きました。同時に、その成果も外に出ないまま、という形になっています。公開データベースに頼ってきた予測AIの次の一歩が、どこまで共有され、どこから先が各社のものになるのか。今回の数字は、その線引きが実際に効いていることを示した最初の例です。

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